春の短歌ピックアップ(後編)

とっておきの与謝蕪村。

彼の詩境は浪漫的な青春性に富んでいてあの枯淡とか、寂びとか、風流とか、文芸作家の中には蕪村だけが好きな作家もいる。

遅き日の つもりて遠き 昔かな

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時間の遠い彼岸における、心の故郷に対する追懐であり、春の長閑
(のどか)な日和の中で、夢見心地に聴く子守唄の思い出である。

行く春や 白き花見ゆ 垣の隙

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蕪村らしく明るい青春性に富んでいる。江戸時代の人々は「さび」や「渋味」や「枯淡」などの老境趣味を愛したけれども、青空の彼岸(ひがん)に夢をもつような、自由の感情と青春とをなくしてしまった。しかし蕪村の俳句だけは、この時代の異例であって、そうした青春性を多分に持っていた。

私のデザインという仕事に置き換えてみると、状況を変えるような、本来的な力を持ち得るデザインには、「洒脱さ」が備わっている。ローカルにおいては、そういうデザインを目指していかねばならない。

古池や 蛙飛びこむ 水の音 (松尾芭蕉)

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春の静けさの中、時折古池にかえるが飛び込む音が聞こえる。その音がいっときの余韻を残し、再びもとの静寂さを取り戻す。
春の俳句週間は芭蕉の有名な俳句が最後です。俳句の凄さは一瞬の心象を17音にまとめることです。

 

文章に書き記すことでその時感じた心象が未来に残っているとも言えます。改めて文章の読み書きは、過去と繋がったり、未来と繋がったりする行為なんだと思います。